2008-04

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ウール


土砂降りの雨の中だった。
その日の降水確率と言えば50%とという一番嫌な数値で、僕はもちろん折りたたみの傘を鞄に忍ばせて出掛けたのだが、はっきり言って全く役に立たなかった。
午後になって急激に下り坂になった天候は、50%とという微妙な数値をはじき出した予報士なりなんなりに呪いをとばしたくなる程の大嵐で、風はごうごう雨はがーがー雷はどかんどかんだ。
持っていた折りたたみの傘はあっさり壊れた。
仕事を終えた後、バイト先の裏口を開けるまでは気分的に役に立っていた。
僕は傘を持っているぞ、という安心感だ。
しかしドアを開ければ唖然とする程の天候。
唖然と言うよりはポカンだ。
確かにあの時の僕はポカンと音がしそうな表情で立ち尽くしていた。
もはや役に立ちそうも無いと解っていつつも頼りない傘を広げた。
一歩踏み出した瞬間に細い骨が逆側へ折れて、布が弾け飛んだ。
その時咄嗟に僕が考えたのは、事故とは言えポイ捨ての様なことをしてしまった罪悪感。
更に言えば、冷静な判断を下して差さずにいれば無事でいられた傘への罪悪感。
咄嗟の時こそ人間性と言うものは顕著に出てくる。
ともかくこれ以上ゴミを飛ばしてたまるかと傘の骨を畳み、小脇にぎっちり挟んで暴風雨の中を歩き出した。
歩いて帰れる距離に家があるって素晴らしい。
帰ったらとりあえず風呂だ、風呂風呂。
しかしいつもの様に大股でずんずん進もうにも、逆風に煽られてちゃんと進んでいるのか全く進めていないのかすら判断がつかない。
周りを見渡そうにも絶えず顔面に雨粒がぶつかっている状態で殆ど目を開けていられない。
普段は10分もかからない道のりを15分頑張ったところで物凄い疲労感を感じた。
何でも良いからとにかくこの風だけでもしのげる壁が欲しくなった。
薄目と手探りで電柱を探しあてて、その狭い影へ緊急避難した。
電柱に手をついて、更に額も預けてようやく正常な呼吸が出来た。
斜めに走る豪雨の隙間をよく見てみれば、まだ帰路を半分越えた程度だった。
うんざりしながら呼吸を整えて、殆どやけくそになりながら再び歩き出した。
避難していた電柱を通り過ぎようとした時、視界に人の影が入った。
まさしく今自分が立っていたのとは逆側にも誰かが緊急避難していたのだ。
思わず真横を向いて凝視してしまった。
あちらも吃驚したようでこっちを凝視していた。
豪雨と暴風と雷の轟音の中ではこんなに近くに誰かが居ても気配を感じられないものなのか、と呑気に思考していた僕はそのもう一人の避難民の顔を見て今一度ポカンとした。
顔というよりも頭部を見て。

端的に言えば首から上が羊だった。
晴れた陽気の中、森や草原で出会っていたなら朗らかに「やあ!」と声をかけることも出来たかも知れないが現状は大嵐で、その羊はびしょ濡れで、見たところ羊毛なのは首から上だけらしいが、水分をふんだんに吸っていてとても重そうだった。
仮面か?と思ってまじまじと眺めてみたがどうやら違う。
表情が変化するのだ。
最初は吃驚した顔でその後はだんだん当惑したような困った様な表情になった。
それが僕の所為だとようやく思い至って「あ、すみません」と一言謝った。
ちなみに僕と羊との距離はわずか一歩程度だ。
そのくらい近くないとここまで細かく判別はつかない。
羊は見た目の印象通り気弱に「あ、いえ、すみません」と何故か謝り返して来た。
そこで「じゃあ」と行って立ち去ることも出来たはずなのだが、余りにもポカンとし過ぎた所為かなかなか足を動かせなかった。
その場の空気の不自然さを誤魔化そうとして僕の口から出たのは「酷い天気ですね」。
「良い天気ですね」くらいのノリだが、状況を考えると不自然きわまりなかった。
しかし羊は律儀に「ええ、本当に」と返して来た。
続けて「この辺りは雨宿り出来そうなところが全く無いんですね」と加えて来た。
ああ、羊はこの辺りに来るのは初めてなのだな。
「もう少しあちらへ行けば僕のバイト先の店があるんですが...」
「そうなんですか、遠くは無いんですね?」
「ええ、普段なら遠くは無いんですがこの天気ですから」
「ああ、この天気には参りましたよ。傘を持っていたのに差した瞬間に壊れてしまったんです」
「ああ、僕も同じです。この通り」
と無惨な傘の骨を見せると、羊のほうも無惨な傘の骨を背後から取り出して見せた。
そこで何故だか僕は少し愉快な気分になってこう言った。
「この先に僕の家があるんです。店よりは近いので良かったら雨宿りして行きませんか」

羊は突然の申し出にかなり当惑していたが、結局僕と並んでえっちらおっちら先へ進むことになった。
「頭、かなり水分を吸って重そうですね。乾かして行かれたら良いですよ」
これが多分決め手になったのだろう。




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APPLE

「これはリンゴ」
「りんご」
赤い手の平大のリンゴを服の裾で拭いて一口かじる。
がしっと良い音がした。
じっと何の表情も浮かべずにこちらを見上げている子供にそのまま手渡してやる。
「食ってみろ」
両手で受け取って齧る様を見下ろす。
かしっと小さく音がした。
「あまい...」
「美味いか?」
「うまい?」
「好きか?」
「...すき」
「じゃあ”美味い”だ」
「うまい」
「なんだ、坊主はリンゴも食ったことないのか?」
店先での二人連れのやりとりを見守っていた店主が不思議そうな顔をして口をはさんだ。
「まあ、ちょっと特殊な環境で生まれ育ったんでな。まだ知らないことの方が多いんだ。」
大人の方が曖昧に答える。
店主は先ほどのものよりも小振りで黄緑色のリンゴを子供の方へ差し出した。
「これも食ってみな」
子供は大人の方を見上げた。
大人が小さく頷くのを見て黄緑色のリンゴを受け取って齧る。
「...すっぱい.........あまい」
「甘いと酸っぱいで”甘酸っぱい”だ」
「あまずっぱい」
「うまいか?」
「...............うまい」
大分考えてからのその言葉を聞いて店主が笑う。
「ははは、赤くて甘い方が好みらしいな」
それから子供の方に視線を合わせながら
「果物ってのはな、大体が生まれたばかりの頃はこんな色をしてるんだ。」
「それからだんだんこんな赤色や、黄色や...おいしそうな色になって、あまくなるんだ」
子供はじっと聞いている。
「もちろん違うのもある。その緑色のリンゴは”青リンゴ”って言ってそれ以上色が変わらないんだ。それ以上甘くもならない」
子供は不思議そうな顔で少しだけ首を傾げる。
「これ食ってみな」
店主が黄色い果実を少し切って手渡す。
子供はそれを口に入れた瞬間に身を竦めた。
大人はそれを苦笑いで見ている。
「それが”酸っぱい”だ」
「......すっ...ぱ...」
店主が大笑いする。
「それは”レモン”。果物は甘いのが多いが酸っぱいのもちょっと苦いのもあるんだ」
大人が手に持っていた赤いリンゴを手渡してやった。
子供はそれをまた小さく齧る。
「あまい」
「酸っぱいのの後に食うとなおさら甘く感じるだろう」
「レモンはすっぱい...」
「レモンは酸っぱい果物の代表だからな」
店主が相槌を打つ。
「青りんごはあまずっぱい」
「そう」
大人が相槌を打つ。
「これは...りんご...赤りんご...?」
手元のリンゴをじっと観察しながら呟く子供を見て、店主と大人は何だか困った顔をして笑った。



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