2017-08

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カラーリリィ


10月15日は満月だった。
そう、十五夜。
中秋の名月と呼ばれる十五夜の月は実際には9月だが、せっかく15日に十五夜を迎え、こんなにも晴れ渡って月は傾きも欠けもせずにいるのだから、これがその名月でも良いんじゃないかと思う。
こんな夜はいつもの面子と落ち合うよりも、1人空でも見上げていた方が風流な気がする。
だからと言ってベランダで煙草と言うのはぶち壊しなので、散歩に出ることにした。
民家の灯りは8割方消えていて、ご町内はどうやらほとんど寝静まっている。
平日深夜の住宅街を出歩く人間はそう居なかった。
コンクリートの上を履き古したブーツで、10メートル程度の間隔で灯る街灯の下を黙々と行く。
散歩をしているといつの間にか下ばかり見ていることが多い。
今日だってこんな月夜なのに。
そういえば満月の日は犯罪率が高くなるそうだ。
潮が月の満ち欠けに引きずられて変化するように、人の心も引きずられるのだろうか。
気分がハイになるらしい。
僕はハイという状態を実感したことがないので、よくわからない。
小さい頃から感情の起伏があまり無く、さすがに笑うことはあるが滅多に大声を出さないし、怒ったり泣いたりした記憶も無かった。
幼い頃は「手のかからない良い子」だった。
大きくなるにつれて「無感動な子」、更に大きくなると「変な奴」と言われるようになってしまった。
けれどただ感情的じゃないというだけのことなので特に誰かを困らせたようなことは無かったし、友達も出来た。
その内「クール」だとか言って、女の子もよく話しかけて来るようになった。
男の友達にはそれをネタにおちょくられた。
どうも「クール」は実際に言われるとちょっと恥ずかしい感じがするらしい。
しかし今ひとつ理解できなかったので「クールって冷たいって意味じゃないのか?」と友達に聞くと「どこの親父の発想だよ」と呆れられた。
そんなのも十代の頃の話で、今じゃただ「なんかぼうっとした人」という感想をよく頂く程度。

ふと足音が変わったことに気付いた。
さっきまでは確かに小さく固い音が鳴っていたのに、いつの間にかサクサクと音がしている。
足元のコンクリートが柔らかい落ち葉の層に変わっていた。
近所にこんな自然が残っている場所なんてあっただろうか。
顔を上げて辺りを見渡してみると、四方全て木で囲まれていた。
吃驚して何度も見渡すと、人家の灯り一つ見えない暗い森の中だった。
視界がなんとなく確保出来ているのは月明かりのお陰だ。
おかしいな、もう結構な年月をこの辺りで過ごして来たはずなのに自分が今どこに居るのかさっぱり解らない。
そんなに長時間は歩いていないはずだ。
時計を覗き込むが、月明かりが反射してよく見えない。
何度も角度を変えて見るが、どんなに目を凝らしても細い針を視認することができない。
月を見上げてみても、家を出た時とそんなに角度は変わっていないように見える。
当然、あまり奥まで行くのは良くないなと思ったので引き返した。
後ろを向いて、さっきとは真っ直ぐ逆方向へ歩き出す。
しかし、どこまで直進しても視界が開けそうにない。
おかしいな。
そんなに深く入り込んだようには思えないのに。
むやみに方向を変えると更に迷うので直進を続ける。
そうしている内に聴覚は自分の足音だけで満たされて、しばらくするとその足音すら知覚できなくなった。
何の音も聴こえない。
本当にこの足は動いているのか?
そう思って足を見る。動いている。
そして再び視線を前に向けたら、そこは本当に真っ暗で、木々の輪郭すら見えなくなっていた。
空を見上げたが、そこも真っ暗だった。
さっきまでは周りを囲む木が見えていて、木を照らす月が頭の上にあったのに。
本当にこの目は開いているのか?
そう思って手で瞼に触れる。開いている。
いよいよ、おかしいような気がする。
見えないまま進むのは転びそうで危険だが、ここでじっとしていても状況が変わるとは思えない。
けれど、もはや自分が本当に進んでいるのかどうかすらわからない。
足を動かし続け、目も開き続けた。
そうしている内に気がついた。
今更のような気もするが、何よりもおかしいのは自分だ。
こんな自分の手すら見えない真っ暗闇の中で、何の恐怖も感じていない。
相変わらず何一つ怖いと思えないのだ。
ただ、この場所が不思議で月が見えないのが不思議で、あとは眠る時間が少なくなるなあ、などと思う程度だった。
それを自覚してやっと状況ではなく自分のことを考え始めて、ああ足がちょっと疲れて来たなと思った。
しゃがみ込んでみると、歩き続けた膝の筋肉が伸びて少し痛んだ。
地面に手をついてみると、草の感触があった。
いつのまに草地に来たんだろう。
そして顔を上げて、再び驚く。
そこには木などひとつも見当たらない。
暗いのは変わりないがさっきまでの闇ではなく、その闇の前に見ていた薄青い光。
足元には自分の影。
視界いっぱい、見渡す限り草原だった。
昼間の様な明るさならきっと地平線が拝める。
そんな風にどこまでも続いている様に見える、ほとんど凹凸の無い草原。
振り返っても、どこまでも草原。
見上げると、相変わらず高い位置に月があった。

そうして僕は生まれて初めて途方に暮れた。
ここはどこだとか、家はどっちだとか、睡眠時間だとか、全てどうでも良い。
ただただこの場所を離れたくない。
もうずっとここに居たい。
どこへも帰りたくない。
こんなに強烈に何かを思うことなど無かった。
どうしてなのかはわからない。
でも一度ここを離れたら、もう二度と来ることは出来ない。
なぜなら道がわからない。
おかしいな。
帰り方も解らないのに、帰るのがこんなにも嫌で、こんなにも恐ろしいなんて。
ずっとここに居たい。
けれど、ずっとここには居られない。
帰り方もわからないのに。

そうして僕は、多分初めて泣いた。




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