2017-07

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まっくら森

「いいから早く手を伸ばさないか」

黒い森の深く、昼間だというのに薄闇。
夜になると青い霧が立ち込めて、より深くへと誘い込む森。
伸ばされた手を掴むと、少年は強く引き寄せた。
「ああ膝が…タイツに穴が空いている」
少年はハンカチを後ろのポケットから取り出すと彼女の膝に巻いて縛った。
彼らは逃げている。

「おじょうさん、こっちだよ。朝日が見えるのはこっちだよ」
大きなカラスが枝の上から声をかける。
少年は彼女の手を取り、反対方向へ。
「夜明けはこっち、こっち」
白いオウムが枝の上から声をかける。
少年は鬱陶しそうにその方角を避けて進む。
茶色い髪が森の湿気と汗で首に張り付いている。
彼女はただそれを見つめて、手を引かれるまま。

「どうしてこんなところへ入ったりしたんだ」
少年が問う。
「わからないの」
彼女が小さく答える。
「“どうやって”なんて聞いてない。“どうして”と聞いてるんだ」
「…」
彼女は記憶を辿る。
「お父様がお客様を連れてきたの」
少年は彼女を振り返らずに手を引いて進む。
「私のお部屋へ連れて来て言ったの」
茨の茂みを迂回する。
彼女の膝がもっと傷付いてしまうから。
「お客様のお話の相手をしなさいって」
少年は彼女の手をぎゅっと握りなおして少し速度を落とす。
「いつも怖くて、いつも早く朝になあれ、って心の中で唱えるの」
森の湿度は体温を奪う。
こんなにずっと歩いて、息も切れているのに2人の手は冷たい。
「でもいつも私の望む朝は来ないの」
少年が立ち止まる。
彼女の足が止まる。
「だからお祈りしたの」
それでも少年は手を離さない。
少年に握られたまま、彼女の手が祈りの形を作る。
「私にやさしい夜をくださいって」

「わかった」
少年は彼女の手を引いて道を戻り始める。
白いオウムの指す方へ、カラスの飛ぶ方へ。
さっきとは違う速度で、ゆっくりと少年は彼女の手を引く。
大事なものを大事な箱へ収めるように、そっと。
「きみに、あげるよ」
森の闇がゆっくりと深まる。
湿った小さな足音は2人分。
青い霧の奥深く、手燭をひとつ灯して少年が振り返る。
「この森の灯りはこれひとつ」
きみにあげる。
「これを持ってたら獣は寄って来ない」
彼女は受け取らないまま、少年の顔を窺う。
「僕はどうしよう?」
居ない方が良いかな?と、首を少し傾けて彼女を見やる。
突き放すようでいて、誘うみたいに目を細めて
少年は握っていた手の力を抜いた。
彼女は手を離さなかった。


手燭の小さな灯りは闇をより深くする。
辺りの木々すらもう見えない。
少年は彼女の首の匂いをかいだ。
甘い森の匂いがした。


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